
「1000年持続社会」
あなたはこの「1000年持続社会」と聞いて、何を連想されますか?
わたしたちは、この1000年持続社会実現を目指してこの財団を設立しています。
わたしたちグリーンジャパンは、『日本国民、そして人類全体が1000年後も健康で文化的な生活を送れるように!』と願い、そのためにできることを、たとえ小さな事でもいいから、今やろう!という未来への強い意志を持ち、スターとさせました。
大切なことは小さな事でも、スターとして、それをコツコツと続けることではないでしょうか?
確かに、私たちの人生よりもはるかに長く、全く見通しの立たない1000年先を考えるよりは30年後、あるいはせいぜい100年後を目標とするほうが現実的だという意見が大半でしょう。
しかし、近未来の展望を考える時、人は現代の知識から敷衍して、実現可能であると期待される将来像を描いてしまいがちです。
「100年後はこうなっているであろう」という自らの予測の精度を高めたり、あるいはそれぞれがどの程度現実化しそうであるかに心を奪われてしまいます。
これに対して、1000年後に思いを馳せた時、人はその実現可能性を超えて「こうであって欲しい」という未来への強い意志を持つことになるはずです。
例えば、現在の快適な生活や社会における様々な人間活動はすべてエネルギーの消費を伴っています。産業革命に端を発する化石燃料の使用量の増大は歴史上に類をみない生活の質の向上と寿命の延長をもたらしました。
しかも現時点での調査結果では、例えば世界の化石燃料の利用可能年数は石油があと40年、天然ガスで70年、大気汚染などの影響が大きく利用に問題も多い石炭で300年足らずであると予測されています。
エネルギー問題の将来展望を21世紀に限った場合、こうした化石燃料の埋蔵量、利用可能年数がどれくらいの精度で信頼できるか、あるいはどの程度現実的であるかといった問題や、使用量を10%もしくは20%減らそうという目標設定に纏わる数字の議論になってしまうのです。
しかし、1000年持続性を意識して考えると、20%使用量を削減しても利用可能年数が25%伸びるだけであり、埋蔵量の推定精度に100%の誤差があったとしても1000年後には現在の形での化石燃料はそもそも利用できなくなってしまうのです。
それでも「現代と同様のエネルギー消費水準を保てるようであって欲しい」と願うならば、省エネルギー技術など目先の問題解決型の研究開発とともに、何らかの代替エネルギーの開発と利用を進めていかなければならないことは明白です。
これが1000年持続性を支える1000年科学技術の発展と促す原動力となるのです。
一般に、科学技術は、わたしたち人間を自然界での一部であり、ある意味で弱者であった存在から解き放ってきました。さらに、労働に伴う理不尽な苦痛と自然災害や疫病による不慮の死をも軽減させ、人の生活圏と自由な時間、そして知の領域を拡大してきました。
しかしながら、身の回りの環境汚染や自然破壊の進行、種の絶滅や食品の安全性、都市化に伴う様々な歪み、あるいはオゾン層の破壊や地球温暖化の懸念など問題は山積みの状態となってしまいました。
これらの問題の科学技術の解決に対し、必ずしもバラ色の未来が描けないのは、「現代は過去の資産と将来の資源を浪費しており、科学技術による問題解決はそれを加速するだけではないか」と言います。
いわゆる地球環境の根底に流れている漠然とした不安やためらいがあるからだと思われる。こうした閉塞感を打ち破るために必要なのは「1000年持続性」を支える1000年科学技術体系の構築です。
ではしかし、1000年後を見据えた科学技術というものが成り立ち得るのでしょうか。身の回りを見渡してみると、表面的にはごく最近作られた人工物に囲まれている様に思えます。
しかし、人間社会を支えている様々な仕組みや基本には案外古くからの科学や技術が生かされています。
衣食住に関連した知恵や工夫など無形財産としての科学技術はもちろんのこと、実際に1000年以上、あるいは1000年までいかずとも数100年にわたって利用され続けているものもあります。
例えば、土木や建築の建造物は、そのものの耐用年数だけでも100年程度、定期的な補修や部材の交換によっては1000年以上も継続して利用される。さら
には、ある機能を持つ建造物が一旦作られるとその周囲にも特有の街並みや景観・機能が形成され、その建造物が跡形もなくなった後々までも影響が及び、情報
が受け継がれていく。例えば、山梨県富士川の信玄堤は400年以上も甲府の街を守り続けているのです。
21世紀の科学技術の中で1000年持続学を特に考慮する必要がある分野はやはり地球環境問題です。
現在取り沙汰されている多くの地球環境問題の根元には人口の増加、鉱物資源やエネルギー資源の枯渇などの問題があるのです。
食糧需給の逼迫、水資源管理の問題、気候変化や砂漠化の進行などもそれらから派生しています。
地球環境問題の解決のためには、それらの問題が過去どのような経緯で推移してきており、世界的に見て現在どの様な状況なのです。
今後それらがどのようななっていくのか、という点について的確な知識を持つことが何よりも重要ですよね。
現在よりも飛躍的に進歩したそういうシステムが21世紀初頭に稼動した暁には、食糧生産や水や気候などの変動に関する短期的な予測が飢饉なども含めた自然
災害による人命・財産の世界的な軽減をもたらします。人口や資源あるいは社会的発展と国際貿易などに関する長期的な予測が限られた社会資本の有効な投資に
画期的に役立つことであろう。
日本はこのようにして得られる情報を積極的に提供することによって、国際社会に対して大きく貢献することができるに違いありません。
さらに、危機が予測された時の対応策としては、その場限りではなく、できるだけ人類の資産として継承していけるような代替案を選んで実施することが1000年持続性を実現する道となるでしょう。
そのように1000年持続性を念頭に置いた1000年科学技術によって地球環境問題の解決が図られる様になると、「現代の人間は前の世代から受け継いだ文
化と文明の恩恵を享受しているだけではなく、次の世代へ引き継いでいく文明的資産を形成しているのだ」という自信を21世紀には持てることになります。
そのためにも21世紀初頭には、新たな千年紀の第一段階として、1000年持続性を支える科学技術の本質が何であるかを体系立てて明らかにする必要があ
るのです。これについては先例から学べる点も多いに違いない。すなわち、1000年以上昔に考案され、現在に至るまで利用され続けている社会システム、施
設などには科学技術を持続的に応用するための知恵が秘められているはずなのです。
日本、世界で長期間利用されているそうした施設を調査研究し、それらが持続的であった社会科学的ならびに自然科学的要因を評価吟味します。そして、それら
の共通項を抽出することによって、長い期間人間社会に貢献し続けられる社会的・文化的資産をいかにすれば構築することができるかがきっと分かるはずです。
もちろん、長期的な展望のみでは不十分であり、目の前の問題解決のためにバイオ、物質材料、情報、そして環境等に関わる新たな技術開発を行うことも重要です。
ただ、すでに顕在化している、あるいは近い将来に顕在化が想定される諸問題に対処する科学技術を探る際にも、常に長期的な展望、1000年持続性を意識することが不可欠であり、その考え方の指針をこれから打ち立てていく必要があるのです。
持続的発展、あるいは循環型社会の構築とういう言葉が巷間でで取り沙汰されるようになって久しいが、1000年持続性を考えるということは、あたかも発
展を続けることが目標であるかのようなsustainable developmentから、sustainability
developmentあるいはdevelopment of
sustainability、すなわち持続可能な社会の構築を指向する、ということに他ならないのです。
ルネッサンスの科学技術の巨人、レオナルド・ダ・ヴィンチは、次のような言葉を残している。
「自然界には、背けば必ず罰せられる一定不変の規則性が存在する。科学とは、それを学ぶことによつて、痛ましい失敗を避ける手助けができる」。
この当たり前の言葉の大切を、私たちは改めて意識すべきではないでしょうか。
未来を考えるにあたって肝心なのは、現在生きている自分自身や直近の子孫だけではなくて、遠い将来、千年先にまでも思いを馳せることなのです。
わたしたちが研究開発していく科学技術が、実は1000年後の人類が快適で安全に生存できる社会の実現に役立つはずであるし、また役立つ様にするために不断の努力を続けなければならないと1人1人が自覚することではないでしょうか。